メッセージ

 歴史的に振り返った時、ひとつのマイルストーンとして記述されるに違いない程の激しく目紛しい変化を見せている21世紀に入って既に20年近くがたちました。そして平成の世もあと1年少しで終わろうとしています。この様な時代ですから、前世紀より引継がれて来た様々な社会システム、価値観、慣習などが変革の荒波に曝されています。いうまでもなく大学もその例外ではなく12世紀にヨーロッパで誕生し、爾来大学が自らを規定してきたこれまでの価値とは異なるものを要求される時代になりました。これは近年特にその要請が強まった社会貢献だけにではなく、研究、教育といった大学らしさを規定していた領域にも及んでいます。つまり、20世紀まで続いてきた古典的大学像が今後そのままのかたちで生き残るとは到底考えられない時代が到来したのです。

 このような背景のもと、私たちの研究室は純粋な知的興味による基礎科学に加え、社会との大きな接点となりうる応用科学にも力を入れています。具体的には質量分析法と機械学習を組み合わせたがん診断支援装置を島津製作所と共に開発しました。この装置は数分という短時間でほとんど無処理の組織や血液検体からがんの診断を行なうもので、その弁別器として人工知能 (Artificial Intelligence, AI) の一つである機械学習を採用していることが特色です。そして現在、治験を行ない広く世に普及させる段階に来ています。機械学習には現在の様にAI全盛期を迎える随分前から着目しており、その古層には基礎科学における要素還元主義という手法の限界を感じていたことがあったということがいえるでしょう。さらにこの装置は生命科学研究だけではなく、広く実生活に関わる機器として発展させられる可能性を秘めています。

 一方、興味の赴くまま進める基礎研究にももちろん注力して続けています。私たちの研究室においては「繊毛」がその主な対象であり、この極めて小さな細胞小器官の構造や機能に関して、多角的に研究を進めています。繊毛の異常は様々な疾患の病因にもなっていることはわかっていますが、その全容が明らかになるのとはまだほど遠いのが現状です。従って、繊毛を一つの基軸としてそこから生命の動作原理や病態生理の解明することを研究室の目標と定めています。例えば繊毛を介した免疫系の新規細胞間情報伝達系を探る研究、新規繊毛関連蛋白質の精子形成における機能の解析などを展開中であり、ここに上記の装置を参加させることで、他にはないユニークな方向性を目指しています。また、この装置を用いて腫瘍形成やその増殖と脂質代謝の関係についても解析を進めており、新しい分野の開拓にも力を注いでいるところです。

 本講座がスタートしてちょうど12年が経過しました。解剖学講座細胞生物学教室という名の通り、医学科での教育は解剖学全体を分担しています。特に、肉眼解剖学教育は、御遺体を用いて医学生に人体の構造を総合的に理解させるものであり、一見現在の生命科学研究とはかなりかけ離れた分野である印象を与えます。しかしながら、肉眼解剖学で用いられる方法論は「理解し易いところまで切り刻み分析する」という意味に於いて正統的な要素還元主義といえます。他方、形態を全体として総合的に把握するというこれとは相反する視座も内在することから、奇しくも機械学習で行なうプロセスに似た側面を持つところがあります。

 この様に私たちの研究室は、時代の変化に追われることなく、むしろそれを先読みしてリードする進取の気性を持つのと同時に、伝統的な学問やエートスも大切にする雰囲気があります。これを読んで研究内容や教室の特色に興味を持たれた方は遠慮なく研究室の扉を叩いて下さい。私たちの研究室は留学生や医学科の学生を入れても10数名と小規模ですが、自由闊達な雰囲気で活発な研究が展開されています。また国内外多くの大学、研究施設との共同研究も行なわれておりそれぞれとの活発な交流があります。これまで以上に、若く野心的な仲間の参画により他では見られない独自の活動を進めていくことを目標にしています。

2018年1月31日
解剖学講座 細胞生物学教室
教授 竹田 扇